はじめまして、松田と申します。
わたしはアロマ・アセクの要素があるのか、ただのヘテロ干物女喪女なのかわからずにいます。
恋愛的に好きや性的に好きというのがよくわからないのです。しかし、それがそういう感情が元々無いのか、あるのに気づいていない鈍感なのか、あるのに恋愛や性を否定的にみすぎて見ようとしていないのか、そういう相手がまだいないからか、わかりません。
俳優をみてかっこいいなとか、スポーツ選手の肉体美すごいなとかはあります。でもただそれだけで性的に惹かれるかとなるとハテナです。性欲はあるのか微妙です。自分で触るのはよくします。でもそれは性欲なのか言語イメージとマッチしないです。
恋愛ものはこういう世界線の話として楽しみます。カップルがかわいいし萌えます。いいなぁと思います。でも自分がと考えると現実味ないなと感じます。
恋愛には憧れがあります。恋人いたら楽しそうだなぁと思ったりします。でもいない現状で困っているわけでもないし、切実にほしいとも思わないのです。パートナーはほしいです。ともに人生を歩んでいく相手が。でもその条件なら異性である必要も、恋愛的に性的に好きな相手である必要もないんじゃないかと思うのです。
なんだかぐだぐたしてしまいましたが、わたしはセクシャリティとしてアロマ・アセクなのでしょうか。それともヘテロで乾いているだけなのでしょうか。ご意見をお聞きしたいです。
>>松田さん
コメントありがとうございます!
そして、返信が遅れました。ごめんなさい。
そうですねー。頂いたコメントだけで判断するのであれば、おそらく松田さんはアロマンティック・アセクシャルだろうと僕は考えます。
たしかに、松田さんもおっしゃっている通り、アロマンティックやアセクシャルの人が、自分がそうであると確信できないのは、「そもそも恋愛感情や性的欲求というものが分からない!」という理由を持っている人も多いと思います。
もちろん僕もそうでした。特に恋愛感情については、「何を持って恋愛感情」とするのか、長年悩みました。
アセクシャルであることは簡単に納得できました。「性欲」自体はあったからです。まぁ、あるといっても、性欲を感じる頻度や濃さ、持続性は一般男性と比べるとかなり低いものだと思いますが。
ただ、その性欲を感じる時、特に誰か・何かを意識していることはなく、世間に溢れるエロコンテンツに触れたとしても、「性欲の発生」や「性欲の増幅」が無かったため、自分は「他者に性的欲求を抱かない」というアセクシャルの定義にストンと腰をおろすことができました。
恋愛感情については、そもそも「恋」という感情を抱いたことがないのか、他者にそういった感情があるのに気づいていないだけなのか、その感情を自分の中で押し殺しているのか。どれが正解かわかりませんでした。ここまでは松田さんと一緒ですよね。
松田さんと違う点は、自分はこれまでの人生の中で「恋愛感情」に触れたことがあるということです。それは自分の中から生まれたものでした。
また、記事にして書こうと思いますが、結局、自分が感じた恋愛感情は「ただの勘違い」だったわけですが、実際に触れたその瞬間だけは「これが恋愛感情か!」と未知の感覚に思わず胸が弾みました。
その感覚は決して悪くはなかったのですが、もうその感覚を得ることは無いでしょうし、じぶんの人生に必要かと云うと「全く必要ない」と感じます。
実際に、結婚して1年と半年ほど経ちますが、結婚生活(他人との共同生活)においては、恋愛感情や性的欲求を相手に抱く必要は全くないと断言できます。
むしろ、恋愛感情や性的欲求「のみ」で繋がる関係性はいつか破綻します。
僕が「恋愛感情」を「ただの勘違い」だと認識した様に、ほとんどの人は「恋愛感情」の真の姿を見ることになるでしょう。遅いか早いか、その結果を受け入れられるか落胆するのかの違いです。
松田さんは「これが恋愛感情」「これが性的欲求」という確信を持った感情を持ったことがないということなので、もちろんその場合は「他者に感情が向くこともない」でしょうから、それはアロマンティックでありアセクシャルであると考えられるでしょう。
参考までに。