Aセク、パパになる

恋愛感情・性的欲求を他者に抱かない「Aセクシャル」が、結婚して父親になります。自分なりの幸せを見つけて、実現する過程を書き綴るブログ。

アセクシャルとの、スキンシップとしての性行為について-ボブさんへの回答

 

ボブ

はじめまして
ブログの記事拝見させていただきました。
最近アセクシャルについて知り、ご相談に乗っていただきたくコメントさせていただきました。
理解が追いついていない段階のため、失礼な表現や言い回しがありましたら申し訳ありません。


僕には付き合って半年の、彼女がいます。
僕はヘテロなのですが、彼女がアセクシャルであることをつい最近カミングアウトされました。(お互い25歳になるのですが、この歳で恋愛感情を抱かないのを不審に思い調べた結果、彼女自身最近アセクシャルという言葉を知ったそうです)
話しを聞いて、僕も調べてみましたが、「恋愛感情分からない、性的欲求が湧かないが、家族や友人に対する情はある」など彼女の状態がアセクシャルに該当すると考えられました。
詳細に言うと軽いキスや手を繋ぐこと、性行為自体も嫌悪感まではないが必要性を感じないとのことです。
恋愛をしてみたい、結婚したい、子供が欲しいという願望はあるそうです。
僕自身、彼女と将来のことを考えていたので、上手くやっていけるか不安になりコメントさせていただきました。(プロポーズや結婚を約束しているわけではありません。)
下ネタ要素を含む、かなりツッコんだことをお聞きしますが、アドバイスしていただければ幸いです。


前置きが長くなりましたが、悩んでいることが大きく分けて3つあります。
まず一つ目がアセクからヘテロに変わることはあるのでしょうか?
率直に聞いてしまい申し訳ありません。コミュニティなど情報にお詳しいと思い質問させていただきました。
そういった事例などはあるのでしょうか?


二つ目がスキンシップの必要性についてです。
いないいないばあの例え話、非常に分かりやすかったです。
彼女もなかたつさんと同じ状態に近いと感じました。彼女自身は必要性を感じないと言っていますが、こちらが求めるとスキンシップや性行為には応じてくれようとします。
しかし、「必要でない」「してもしなくてもどちらでもよい」と言われているのですが、実際なかたつさんは相手から求められなければしないに越したことはないのでしょうか?
彼女から「嫌悪感はないがしなくてもいい」と言われるとどうしてもネガティブな意味に捉えてしまいます。


三つ目が、なかたつさんが性欲と性交友について取り上げている記事を見ました。
1人でするのと、相手を介してするのとではやはり同じ快楽度合いにはならないのでしょうか?
「背中が痒いから掻く」「背中が痒いから掻いてもらう」なら満たされるのは同じに感じます。性行為となるとより複雑で、個人の上手い下手など他の要素を関わってくるとは思いますが、、、
ここら辺の整理が難しく理解が追いつけません。



彼女のことが好きなのでスキンシップはとりたいという願望に至ってしまうのですが、彼女が望んでいない(必要でない)ことだと思うと気が引けてしまい、虚しくなります。
彼女のことを理解したい、無理強いしたくないという気持ちはありますが、もっとスキンシップをとりたいという願望を持ってしまいます。
長文になってしまい申し訳ありません。ブログなどに挙げてもらって構いませんので、ご返答よろしくお願いいたします。

 

>>ボブさん
コメントありがとうございます!
返信が遅くなってしまって申し訳ないです。
早速、3つの質問に答えさせて頂きましょうか。
まず、アセクシャルからヘテロに変わることは可能性としては十分にあるでしょう。
というよりか、僕は「人類は皆、アセクシャルの性質を持って生まれ、後に変化していく人が多い。そして大半はヘテロセクシャルの性質を持つ様になる」と思っています。
ボブさんも小さいころは、男女関係なしに皆と仲良く遊び、異性に対して性的欲求を抱くことなどなかったでしょう。
大抵は思春期を迎えたころに、異性を異性として意識する様になり、異性愛者であることを自認、他認されるようになります。
なのでアセク→ヘテロの実例としては、「現在ヘテロセクシャルを自認している全ての人がそうである」と言います、僕は。
もちろん、彼女さんのアセクシャルという性質が、ヘテロセクシャルという性質に変化することも可能性として十分にあり得るでしょう。
セクシャリティとは烙印される様なものではなく、流動し変化していくものだと思っていますので。
そういう意味では、ボブさんが今後、バイセクシャルになる可能性やゲイセクシャルになる可能性もゼロではありませんよ。
「たぶん、ないと思う」と思われるでしょうが、僕も無性愛者から有性愛者になることは「たぶん、ない」と思っています。その程度の認識です。
あと、今となって思いますが、僕がアセクシャルからヘテロセクシャルに変化しなかったのは「必要がなかったから」だと思います。
恋愛するのも、性的欲求を抱くのも、この世を渡り歩くのに必要なかった。だから、自分の中に、「恋愛」や「性愛」という概念が生まれなかったと、そう思います。
もちろん、彼女さんにも当てはまるか、どうかはわからないですけどね。
 
次に、スキンシップの必要性についてです。
"彼女から「嫌悪感はないがしなくてもいい」と言われるとどうしてもネガティブな意味に捉えてしまいます。"
性嫌悪のないアセクシャルである僕も、ボブさんの彼女さんと同じ様なことを思います。
しかし、そこにネガティブな意味は全く込められていません。特にここは性愛者の人に理解して貰うことが難しいですけどね。
僕のパートナーも、恐らくボブさんと同じように悩んでいました。いや、もしかしたら今も悩んでいるのかもしれません。
"なかたつさんは相手から求められなければしないに越したことはないのでしょうか?"
とありますけど、そもそも「性行為」をすること、もっと具体的にいうと卑猥な表現なりますけど、生殖器同士を擦り合わせること=スキンシップというのが繋がりません。
今では、「そういうものなのか」「相手が望むならしたい」と思えますけどね。
もっと、分かりやすく表現するなら。。。
んー、そうですね。
例えば、ボブさんは彼女さんから「カバディがしたい!」と言われたらどうします?
「好きな人が自分とカバディをしたいなら、相手をしてもいいかな?」と思いませんか?
「彼女とカバディしたい!」という欲は生まれてこないのではないでしょうか?
僕の日常にカバディは必要ありませんし、スキンシップとしてカバディをすることは、正直いうと理解できません。
 
しかし、思春期を過ぎると、人は異性とカバディをしたいと思うのが普通であり、カバディをした異性が多い方がステータスになり、また同性とカバディをしたいと思うことはおかしいこととされ、ビデオ店には特設のカバディコーナーがあり、カバディをするための場所が歓楽街に立ち並び、高いお金を払って他人とカバディができるお店もあるのに、公の場でカバディを語ることはタブー視される世間に疑問を持ち、理解が難しくて苦しみました。
 
「カバディ」を「性行為」に替えても同じように思います。
 
 
確かに、「必要性を感じない」「してもしなくてもどちらでもよい」「嫌悪感はないがしなくてもいい」と言われると、ネガティブな意味に捉えてしまうのは理解できます。
 
しかし、それはボブさんがカバディをする必要性を感じない、してもいいししなくてもいい、嫌悪感はないがしなくてもいい、と思うのと同じ感じです。
と、思うとそこまでネガティブな感じはしなくないですか?
 
※カバディが大好きだったらすみません、興味がない前提で話ちゃいました(^^;
※カバディはチームスポーツなので、二人でするもんじゃないですけど
 
ただ、誰とでも嫌悪感なく性行為できるわけではありません。嫌悪感持つ相手はもちろんいます。
なので、彼女さん受け入れてくれるということは、「行為自体に興味はないが、ボブさんが喜ぶならしたいと思える」と、考えがあるのではないでしょうか?
僕は、パートナーとの行為に対してそう思っています。
分かりにくい表現になりましたね、すみません(^-^;
 
最後の質問ですね。
たしかに、「背中を掻く」のと「背中を掻いてもらう」のは、満たされるものは一緒です。
しかし、僕の場合、そもそも「背中が痒くなる」ことが滅多にありません。たまに猛烈に痒くなることはありますが、1人での行為中でも急に痒みがなくなり、途中でやめることも多いです。(背中の痒み=性欲と思ってください)
そして、行為自体も「自分の欲を解消したい」がために行う訳ではありません。
そもそも、背中が痒くなることが滅多にないので、「背中を掻いて欲しい」という欲、言い換えれば性行欲も生まれません。
では、なぜ行為をするか?というと、「相手の背中を掻いてあげると喜ぶから」ですかね。
性行為は、どちらがサービスをしてあげているのか、端からみても分かりずらいですから。
あまり赤裸々に語るのもどうかと思いますが、自分は性行為において最後まで行うこと、つまり出すところまでしません。
相手が満足すれば、それがゴールです。
友人にそれを話すと「それってセックスって言えるの?」と言われましたが、男の人が出すことが行為のゴールなのか?と逆に思いますけどね。
やはり、ヘテロの言っていることは、自分には理解が難しい。
「パートナーを喜ばしたいという欲」は、ありますが、それがたまたま性行為だった。という訳です。
いわば、自分の中での性行為は「自分のモノを使ったマッサージ」という表現が一番しっくりきます。
 
さて、ボブさんの願望というか、質問の意図は
"彼女のことが好きなのでスキンシップはとりたいという願望に至ってしまうのですが、彼女が望んでいない(必要でない)ことだと思うと気が引けてしまい、虚しくなります。
彼女のことを理解したい、無理強いしたくないという気持ちはありますが、もっとスキンシップをとりたいという願望を持ってしまいます。"
この文章に集約されていると思いますので、最後にまとめましょう。※あくまで僕の考えです
まず、彼女さんは性行為自体は必要としていませんが、ボブさんが喜んでくれること、楽しんでくれることは大好きなはずです。
でなければ、行為に応じることはありません。僕がそうですから。
なので、行為中は目一杯楽しんで下さい。相手が喜ぶことが、行為をする目的なので、相手が楽しんでくれなければ意味がありません。
我が家の場合、僕の気持ちを変に汲み取って、パートナーがしたいと思うことを躊躇している姿を見る方が辛いです。
なので、行為は目一杯楽しんで欲しい。
ただ、相手をただのオモチャの様に扱うこと、嫌がることをするのはやめましょうね。あと、眠気の方が勝ることも多々あるので、そういう日は諦めて一緒に眠りましょう。
 
それでも「無理強いしている」とか「申し訳ない」という気持ちがあるなら、別のところで彼女に尽くしてあげてください。
僕もパートナーに肩を揉んで貰ったり、お弁当を作って貰ったり、洗濯をしてもらったりと、別のところで尽くして貰っています。
日々、感謝しているからこそ、パートナーの喜ぶ性行為もやってあげたいと思いますし、尽くしてあげたいと思えます。
性的な喜びを彼女にあげられなくてもいいんです。彼女が行為に乗り気でなくても気にしなくていいんです。
行為については、ボブさんが彼女に尽くして貰うものと捉え、応じてくれることに感謝して、目一杯楽しむ。
そして、それ以外のところで彼女さんに尽くし、感謝される行動をすればいいんではないかな?と思います。
うちは、それで上手く回っています(笑)
もちろん、女性の場合は、行為のリスクが男性よりも高いので、彼女さんの気持ちが僕と同じかどうか分かりません。
が、通ずるものはあると思います。
そんな感じですかね。回答になっていればいいですが。